2007年4月29日

独断専行。

今季やっとの初スタジアム。
年度末とか年度初めはなにかと毎年忙しいのでやっと。

指定席だからある程度ゆっくり気味でもいいや思っていたら、、、寝坊。
11時に家を出る。

燃料がほとんどないので、入れていかないと首都高でガス欠になる。
ガソリンがまた値上がりするから、高速に乗るギリギリまで入れないでおこう。
埼スタ脇のJOMOが浦和I.Cの直前だったが、、、それを逃す痛恨のミス。

もうかなり、ヤバイ。赤い状態で結構走っている。
この先122でいつガソリンスタンドがあったか、、、んー覚えていない。鳩ヶ谷あたりか。
簡単にUターンもできない、122。

4号に行こう。そっちに行けばすぐにあるはず。
と、旧463へ。どっちかといえば122で立ち往生(ガス欠)よりはなんとなく街中の方がいい気がしたので。

なんとか4号手前にモービルがあり、事の無きを得た。
タンク40。入ったの38.7。「まだ10km以上は行けたんだ」という余裕はなかった。

そんなこんなで、かなり遠回りし、新郷から首都高へ。
川口線→中央環状線→湾岸→東関道で潮来I.C。
大宮ナンバーがいっぱい。

15時スタジアム到着。

試合開始前ばら撒きすぎた紙ふぶきをハーフタイムに片付ける人たち。in 鹿島スタジアム


帰りは、下道。
51号から龍ヶ崎抜けて6号→16号で帰宅。すげぇ遠い。

今季観戦 1戦 1勝

2007年4月27日

進退問題9。

金が全てではない。
でも、評価としての金額が自分の考えと大きな差があれば働く気力が湧かない。
 

ようやく今の会社の今年度の年俸を提示された。

「辞める」と言ったからではない、と前置きされたが、ウチのような中小企業ではありえないような大幅UP。だけど、それはよくよく考えれば「ようやく普通の金額になった」という感じで、決してもらい過ぎだとは思わない。けど、、、言わなかったけど正直そこまで上げてくるか、、、とびっくりした。UP額に。

そのあたりは、当然上司もわかっている。
上司も板ばさみの立場であり、厳しいのもわかる。
勝ち取ってくれたというのもわかる。
 
が。

「ようやく普通の金額になった」というのはいいけど、じゃぁそれまで少なかった分は?
というところが、やっぱりどうしても納得いかない。もちろん、それは強く主張した。

2年前に「正当な評価」とやらをしてくれていたら、転職は考えなかったかもしれない。
「お前は少ない」って2年以上前から分かっていたんだから。

 

まだ、どうなるかは分からない。
でも、また揺れてきた。本当に悩ましい。
 
 
転職問題。精神的にもうすでにかなり疲れてきた。
でも「疲れた」を理由に適当になってはいけないと、思っている。、、、けど疲れた。

 
まだまだ全然続きそう。

2007年4月25日

進退問題8。

録画していたACLを観ながら、「うまい」とか「おしっ」とか「やばい」とか「いいねぇ」とか「危ないです」とか言うだけで給料がもらえる解説者ってのはおいしい仕事だなぁと思いながらアウェイで煮え切らない試合展開にやきもきしていたら電話がかかってきた。

 
転職仲介業者のエージェント。
感触が悪いと思っていたところの2次面接に進んだらしい。

 
ああ、そうですか。
 
で、また第一印象の話をされた。
面接官からそのようなことを伝えられたらしい。

 
難しい問題だ。
挨拶から笑えないよ、俺は。そういう作りなんだ。
とはいえ、真面目に考えなければいけない問題なんだな。


 
つづく。


2007年4月24日

人格形成。

テレビをザッピングしていたら、インタビュー番組をやっていた。

たしか、J SPORTSだったと思うけど、アスリートと雑談するような10分程度の番組。
その番組の聞き手のタレントは知らんし、アスリートも知らないけど。
「キン肉マン」の話題だったから、思わず見てしまった。

 
そこでしていた、「超人応募しませんでした?」とのやり取りで、色々思い出した。
3~4年位前に夏見台のBookOffで文庫版を衝動買いしたときには思い出さなかったのに、なぜか「超人応募」というキーワドが俺の記憶の奥にあるものを呼び起こした。

最初に出会ったのは、小学校2年の誕生日。近所の同級生集めて、自身の誕生会。
その席で1人同級生から渡されたのが単行本。しかも、中途半端に17巻と18巻。

なぜか、それにはまり集めた。週に100円の小遣いで。少しずつ、何年もかかって。
時にはまとめって買ってもらったときもあったと思う。

当時、お絵かき帳みたいなノートには登場する超人たちをとにかく書きまくった。そして、ある程度書きまくったら、やっぱりやった。超人創作。応募さえしなかったけど、いろいろ考えた。

 

あの時のノート、もう一度見たいなぁ。

2007年4月23日

進退問題7。

また、別の会社の1次面接。

平日なので、会社を休んで面接に臨む。
と、忙しい状況の中で、丸々会社を休むわけにもいかず朝から出社。
と、スーツで出社するわけにもいかず、私服でスーツ持参で出社。
と、スーツを会社に持ち込むわけにもいかず、上野のロッカーに預ける。

まぁ、堂々とスーツで出社しちゃってもいいとは思うのだけど。
打ち合わせもないのに、スーツで出社してきた野郎が午後早退。
あまり「動いている」感を出したくなかったので、こういう措置。

で、面接。

長い2時間だった。
そして、最後の最後なぜか厳しいアドバイスが。
なぜかアドバイスが。

「あのね、これ、真面目な話、真摯に受け止めてもらえばと思うんだけど」
という切り出し。 
 
「第一印象がものすごく悪い。表情が固い。目つきが怖い。
それを直せば、もっといい面接になるよ。」

 
、、、なるほど。

それは、確かに今まで生きてきた中で相当言われてきたことだ。

オマケに履歴書の写真にもダメ出し。
まぁ、面接に臨む表情とまったく同じだからねぇ。

 
「とりあえず、それを壊してください。」

壊す、、、?
 

まさに、次の面接先で生かしてねのような助言的発言。(だからアドバイス)
だた、この意見が予想以上に堪えた。


「固い表情」ってのはブスっとしていることだと解釈して
 
「固い表情を作るつもりもありませんが、面接に微妙な笑みで臨むのもどうかと」

とは言ってみたが

「むしろ、おちゃらけているくらいがいいんだよ。
あなたのその表情でね、『性格は明るい』って言われても説得力ないんですよ。」

ごもっとも様な気もするが。モヤっと感も。

 
「女の子口説くとき、そんな表情で入るの?」

 
まぁ、あんまり口説く機会はないけど、、、面接と合コンが一緒?

 
「同じなんですよ」
 
うーん。

というような話題はなぜか、心理学的な話しまで及び、、、終了後15分説教のようなご意見を頂いた。だが、よく考えれば確かに的を射ていた気もしないこともない。8割はそのとおりだと思ったが、やはり2割くらいはモヤっと。

第一印象ね。

むしろ、2次面接に進めるかというよりもそっちの方が気にかかっちゃって、帰りの電車ではそれだけをずっと考えていた。

 
帰宅後、風呂上り。
洗面所の鏡に映る自分の表情。これが第一印象の悪い顔か。
色々、あれこれ考えながらニコっとしてみた。

 
、、、無理。


 
苦悩の日々はまだつづく。

2007年4月22日

進退問題6。

中途採用セミナー&1次面接1発目。外資系大手。

 
仕事でもないのにスーツ着て都内へ。
身が引き締まる思いというか、7年前の就職活動を思い出す。
そういえば適当だったなぁ、と。

当時はあまり先のことなどを考えていなかったことが今になってわかってきた。

 
セミナー会場は15人程度。
おそらく同い年かちょっと下くらいの人間に紛れて、すげぇオッサンが1人。
約1時間半のセミナーは、非常に疲れた。

その後、すぐに面接。

多少の緊張はあったが、今の会社に「辞めさせてください」と告げる直前と比べたら全然緊張しなかった。退社意思を告げるってのはかなり緊張した。

面接では、志望動機はもちろん聞かれたが、どちらかといえば面接官が1人でしゃべっていた。どうやら会話好きなようで、面接なのにあまり面接の気がしなかった。むしろ面接というよりは、個別説明のような、、、。

 
2時面接に進めるかどうかは、この先2~3日で決まるらしいが、正直感触はよくなかった。俺、あんまりしゃべっていないし。。俺の職務経歴書を眺めながら、あんまり興味がないような感じだった。残念ながら。

 
まだつづく。

2007年4月20日

進退問題5。

結局、今週やるはずだった「話し合い」の場はなかった。

忙しいのはわかるけど、、、なんだよ。しかも告知もナシかよ。
少しガッカリしたけど、もしかしたら俺に考える時間を与えているのかもしれない、とも思うとやっぱり心中まだまだ複雑である。

 
来週やるつもりなのかな。わからないけど。
ないとは思うけど、「どうせ給料吊り上げるためだろ」とか思ってんだろうか。
「やちに限って」とかよく言われるけど、俺だって動くときは動くわけ。

  
もう「辞めさせてくれ」って言ってから2週間が経ってしまうけど、本当に次の「話し合い」は「退職時期の相談」になるかもしれない。

2007年4月19日

旧態依然。

昨日。

浅草橋「てっぱちや」にて飲み会。
前、宮、純、シゲ、俺。

盛り上がるのは、毎度毎度の同じアレ。
あっという間に時間は過ぎ、終電で帰宅。

 
帰りの電車にて
「もう『メンドクサイ』って言わないようにしよう」
という話になり、大いに同意した。

 
何に対しても。

2007年4月17日

進退問題4。

刻一刻と状況が変わる中で、考え方もぐるんぐるん回っている。

寝ても覚めても、今は転職のことが頭の中を満たしている。
まぁ、全てではないが割合的に言うと、

 ・転職のこと 96%
 ・今、目の前の仕事のこと 3%
 ・ビリーズ ブートキャンプ 1%

な感じで通常業務にまーーったく気が入らない。

 
先週いっぱいは、「辞めさせてくれとは言ったけど、あんまり辞めたくないから残る理由でも考えようかな」などとも考えたけど、今週になってからは転職に対してかなり前向き。
まぁ、どちらも甘くはないワケなのだが。
 
 
今週やることになっている、今の会社での「話し合い」はいまだにその機会が設けられていない。理由は部長も課長も多忙だからだと思われるのだが、いったいいつにお呼びがかかるのか。

話し合いのテーマは「残留条件」について行われるはずだが、実際問題、俺の要求(金額)に応えられるとは到底思わない。まぁ、そうだからこそこうなんだが。

 
いつまでも「話し合い」の場が行われることを待つつもりはなく、時期がくれば自ら切り出す予定。
ただし、テーマは「残留条件の提示」ではなく「退職時期の相談」になる。

 
いよいよ今週末、来週頭と企業面接が始まる。有給使用で。


まだまだつづく。

2007年4月14日

放歌高吟。

1年ぶりにシゲとモトイ君と。
 

レターマン : すかんち
ZUTTO : 永井真理子
スローモーション : 中森明菜
メタモルフォーゼ : 工藤静香
Belive in Love : リンドバーグ
異邦人 : 久保田早紀
Let go : m-flo loves YOSHIKA
ハナミズキ : 一青窈
デイ・ドリーム・ビリーバー : タイマーズ
Time goes by : Every Little Thing
月光 : 鬼塚ちひろ
Look Back Again : 矢井田瞳
大都会 : クリスタルキング

 
記憶をたどってみたけど、何かが抜けているような気も。

2007年4月13日

興味津々。

就業後、大宮へ。

大宮へと言っても、毎日のように通過しているのだが。
上野にていつもどおりに宇都宮線に乗ろうとしたが、大宮で下りるなら高崎線でもいいことに気づいたときには遅かった。

20年+2年は大宮近郊に住んでいながらも、週末の夜に大宮をうろつくことなんてなかったので、あまりの人の多さにビックリ。大宮って結構ウジャウジャ人いるんだな、と。

西口の餃子ではない居酒屋の「王将」にて飲み会。
面子はシゲ、モトイ君、ヒサ、サコ。既婚者2人に独身3人。
20時半過ぎくらいに最後の参加者であるヒサが到着して全員集合。
 

いやー楽しすぎる。


あっ、という間に時間が過ぎていく。
高校のときと変わらない馬鹿さかげんで三十路を迎える5人。

 
10年後も同じように馬鹿達と笑い死にたい。

2007年4月12日

進退問題3。

3月は猛烈な忙しさで、まるっきり転職に関してなにもできなかったわけだが、ここに来てようやく少しずつ動き出した。

かと、思われたが「少しずつ」なんてモンじゃない。早い。

 
入ってもいいかなくらいの企業に応募してみたら、
「1次の選考は通りましたので面接です」
なんてエライ勢いで次の日程を求められた。

エージェントが言うには面接において、「ちょっとどんな企業か知りたいな」くらいの気持ちじゃダメだと。
ハナっから入りたい気持ちを前面に出していかないと簡単に蹴られる、と。

面接官からすれば、「キャリヤ」や「経験」などは紙からわかるとしても「人間性」や「入りたいオーラ」を少しでも感じなければ、魅力を感じないだろうとも思う。それを見るのが面接だと思う。

逆に受験側も似たような感じで、「会社規模」や「売り上げ」などは紙からわかるとしても「環境」や「配属先」「業務内容」なんてのは、入ってみないとわからない。
じゃ、面接ってのはそれを聞き出すのかというと違うわけで、結局のところ「入れてくださいオーラ」を感じてもらう場だろうと。


企業側からすれば紙でわからない部分を見るのが面接。
受験側からすれば紙でわからない部分を見せるのが面接。


なるほど、なるほど。
じゃ、やっぱり「環境」や「配属先」「業務内容」なんてのは、入ってみないとわからない。


簡単には解雇できない会社。
簡単に辞められる個人。
 

雇う側と雇われる側の立場の違いというやつだ。
まぁ、面接はやっぱり大事だよな、と改めて思うのであった。


 
ところで、まだ面接やセミナーなどへは行っていないけど、職務経歴書を書くとか、求人表を眺めるとか、今の会社を辞めるとか、いろいろパワーを使う。これで来週の面接を迎えて、となるとやっぱり精神的に結構疲れる。


まだつづく。

2007年4月11日

一期一会。

ヒゲが生える夢を見た。

生息密度が高くて、ある程度濃いのが。
それがモミアゲまでビシっと繋がってんの。
それをずっと触っていた。「おお、ある」って。

 
「いらねぇ」とは言っても、多少欲しいんだな、、、ヒゲ。

2007年4月 9日

進退問題2。

本日、会社の評価面接。

去年度の振り返りと今年度の目標などを話すような、例年の行事。
そこで「辞めたい」意思を告げた。

まぁ、辞めたいのも辞めたくないのも本音。
結局、とどのつまり、最終的に、根本的に、「給料が安すぎ」ってのが一番の理由。
給料の安さが7割。のこり3割はその他の理由。

 
されなかったら悲しいとは思っていたけど、やっぱりされた残留要請。
好きな会社だから、相当の強い意思で、断腸の想いで、「辞めたい」と言っているワケだから曲げるわけにはいかない。こっちだって、生活があるわけなのでマジなわけで。

「なぜ辞めたいのか」を問われた際に、今この会社の将来への不安と現状の賃金への不満を小1時間ほどぶちまけた。

その後に
「どーしたら残ってくれる?」

 
というのを投げかけられたが、その要求と要望は来週改めて話し合うことに。
まぁたぶん、部課長会議行きなんだろうな、俺の退職問題。 
 

「申し訳ありませんが、どのような条件でも辞めさせてください。」
 

と強く言えないのは、多少は辞めたくないからなんだろうと思う。
「辞める」ことをチラつかせてだらだらしたくはないと思うのだが、それなりにこのぬくぬくした環境が好きらしい。

困った。また揺れてきた。
 

つづく。

2007年4月 8日

年年歳歳。

半年伸びっぱなしになっていた髪の毛をようやく切った。

短くしてはウザイほどに放置し、また短くする。大体半年ループ。
去年の今頃に比べるとまだきちんとしたポニーテールにできなかったから、まだいい方だけど。

いつの間にか、なにかキッカケがないと散髪はしない性格になってしまった。
ここ数回はすべて結婚式の前の週に切っている。

でも今回は結婚式が来週に控えているわけではない。
自分にとって大事な用事があるために切ったわけ。

2007年4月 7日

用意周到。

舎人でBBQとテニス。
BBQ場はタダなので、結構近場な舎人公園、なかなかイイ。

2007年4月 5日

志操堅固。

もう2週間くらい前の話。

忙しくて、休日なのに夜遅くに帰ったらひーちゃんがいて。
いつの間にか洗面所に電灯をつけてくれていた。

この家にすむようになってから2年半。
ようやく、洗面所に明かりが灯るようになった。


この電灯。
1月に港北のIKEAで購入したもの。天井から50cmくらいだろうか垂れ下がった先に傘と電球がある。それなりオシャレ。

ただ、とくに必要じゃないんだ、これ。
2年半の生活で洗面台のランプで十分だと、すっかり体に染み付いてしまっている。
だから点灯はしない。


点灯させないから、その存在も気にならない。
というか、「ない」と脳に刷り込まれてしまっている。


ところが、風呂に入ろうと上着を脱ぐときに必ず手の甲があたる。
傘はガラス製なので、結構痛い。


2週間ほど経った今でもバカなので必ずヒットする。
まだ慣れない。点かないのだけど、手に当たる。
ちょっと邪魔。

 
 
あとは2階の倉庫(と化している)部屋のカーテンをつけないとだな。
常に覗かれるという防犯上あまりよろしくない状況が2年半。

まずはカーテンレールからだけど。

2007年4月 4日

外剛内柔。

体調悪い。

土曜日くらいに発症した風邪らしき不具合が昨日には収束したかな、と思ったら。
ぶり返した。喉と頭が痛い。

まだ去年度の有給休暇は余りまくっているので、休みたいところではあるのだが。
今週は今週もどうしても休むことが許されない。

 
4年くらい前のものすごい忙しい時には、ものすごく疲れはしたけど体調を壊すことはなかった。残業190時間しても、義務感と責任感で「休めねぇ。休んでたまるか。」という感じで体調だけはなんとかキープしていたように思える。
 

今、ひとつのピークを迎え、そして超えたところ。
あと少しで終わるっていうときに、この体調不良。
 

 
やっぱりモチベーションの低下が原因か。
年齢による免疫力低下が原因か。
 

なんにせよ、あと少しだ。

2007年4月 2日

心機一転。

働いています。同じ会社で。

本日09年度入社式。

なんだかんだで7年目突入。
新人くんは3人。履歴書は見たていたが、初対面。

去年度に3人辞めたから社員数的には戻った感じだが、辞めていった人たちのキャリアを考えれば、当然密度は薄くなっていくわけで。社員数が少ないから3人の増減はかなりヤバイと思うのだが。。。

 
まぁ、辞めたら補充すればいいやって感じなんだろうな。
危機感を感じない。
 

 
17時半から毎度毎度の近くの中国料理店にて歓迎会。
会社行事なので全員強制参加。
遅刻して参加し、19時半に終了。すぐさま戻って仕事。

北海道のどこか。

2006年11月~2006年3月までのタイトル。
2006.11~2007.03のタイトル。

雪山シーズン終わったので。

2007年4月 1日

全てじゃない。

昨日付けで会社を辞めた。

半ば、、、というか相当自分勝手に強引に。
突然辞めたから、ほとんど使っていない有給も捨てたことになる。

 
大学を卒業し、6年という年月を過ごした会社。
ここで得たものは多く、そして大きい。

仕事に関する知識、技術は何ものにも変えがたく。
一緒に働いてきた同期、上司、先輩、後輩との人間関係は何者にも変えられない。

最高な環境だった。
最高な環境だけに馴れ合いもあり、緊張感がなくなっていたのも事実だった。


やってもやっても終わらない仕事。
やってもやっても上がらない給料。
 

不安を切り出せば、ネガティブで。 
不満を吐き出せば、キリがない。


  
入社したてのころ考えもしなかった「将来の自分」を、ここ1~2年はよく考えるようになった。
これから5年後、10年後の自分がどうしていたいか、どうありたいかを考えるようになった。
いま、ここにいても将来が見えない、そんな気がしていた。

 
三十路を迎える、今年。
動くべきだと判断した。

 
これからどうするかは、まだ決めていない。
これからどうしたいかは、だいたい決まっている。
 

少しだけ。
少しだけ休んで、そして職と嫁を探したいと思う。

  
 
という話は4月1日の作り話。なんだけど、、、どこまで嘘だか。
 

仕事しろ、俺。
というか、3月は志賀高原以外フル稼働。
今日も仕事しているし。

 
いいかげんに癒しが必要。