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8時の列車に乗らないと帰りの飛行機がやばい。起床は7時。朝食はホテルで取った。朝食だけパックについていたから。ビュッフェ形式でも、内容は豪華。ちょっと食べ過ぎた。普段朝は食べないのに。

そそくさとホテルを後にする。ちょっとトイレにて時間を費やしてしまったために、時間がやばい。朝の通勤時間帯の札幌の街を走る。重いおなかで。それでも自分撮りを慣行。後で観たけど、トークはしっかりしている。が、確実に酔う。揺れすぎ。

札幌から快速エアポートで新千歳空港へ。

9時15分発の飛行機、無事に離陸。はぁ。これで後2時間後には会社にいるのかぁ、と思うとなんで有給1.5日じゃなくて2日にしなかったのか悔やまれる。非常に悔やまれる。テンション的に働けない。働く気力が起きない。北海道をもっと満喫したい。

とか。何気に空港で購入していた日刊スポーツを読む。そして何気に道内欄に差し掛かったときに衝撃が走った。

『水曜どうでしょう新作、関東上陸! 7月10日深夜から放送!』

え?マジ?これ、昨日発表??なに、、、?一瞬わけがわからなかったが、すぐに状況把握した。すっかり一部の人間でブレイクしたいちローカル番組にキー局が目をつけた。記事をさらに読み進むと、ローカル局100%製作の番組がキー局で放送されるのは名古屋放送製作の『機動戦士ガンダム』以来らしい。ガンダムの全国放送は最初から決まっていたことらしいが。

つまり、わざわざ北海道まで行って粗悪な録画をしなくても関東で観ることができた、ということ。

ガッカリ。だけど、後悔はなかった。大体、このあと何回放送するかわからないのに人は足りないし、そう何回もいけないし。逆に、放送してくれるなら願ったり、だ。

11時。羽田到着。12時会社到着。会社にも今日付けの日刊スポーツ紙はあった。だが。『どうでしょう』がキー局で放送される記事はなかった。そう。道内欄にしかなかった。

こうして旅は終了した。飛行機から降りて、飛行機に乗るまで24時間15分。これが今回の北海道滞在時間。

余談。
ただ。前澤さんは2週後に北海道に旅立つ。予約をしてしまったからだ。保険組合の格安パック。キャンセル料には一切補助が利かない。だから通常料金に対するキャンセル量がかかる。その額、30,000円以上。。。行くしかないよね。

余談2。
画面を直に撮影したどうでしょう新作第3夜。うまく撮れていなかった。部屋の電気つけっぱなしでやったもんだから、、、。画面が暗くなると、、、俺が浮き出てくる。横になってマッタリしている俺が。

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再びHTBに戻ると、大泉さんと鈴井さんがいたので写真を撮らせていただきました。
すでに17時過ぎ。まだミッションはある。

お土産の購入である。『どうでしょうグッズ』を求めて取扱店に向かう。地下鉄大通り駅で降りて、地下街を札幌方面へ。ここでも失敗。逆方向に1駅分歩きました。もうガッカリ。

ようやく東急ハンズで買い物を済ませて、ホテルに向かうことにする。

すでに18時近くになっていた。
偶然にも遭遇。

時計台。 さすがにこの時間になると人が多い。と思ったら昨日から『ヨサコイソーラン祭り』が開催されているようで、大通り公園はにぎわっていた。
このころになるとだんだん吹っ切れてきて、自分撮りも好調。

18時過ぎ。ホテル到着。『ホテルモントレエーデルホフ』。

これが。やばいくらい高級。庶民には無理。ホームページで調べるとシングル1泊17,000円。今回の旅。往復交通費+ホテル代で14,000円。

しかもツインルームのシングル使用。16階は絶景でした。が。歩きつかれて飯も食わずに爆睡。

一人で店に入って食事するのは好きではない、という性格なので、デパ地下で惣菜を買ってきて夕飯。この時間帯、ちょっと寂しい。食べて、再び寝る。

23時。目覚ましで起床。危ない。掛けておいてよかった。

そして最終ミッションへ。

さて。今回。どのようにして録画するのか。ビデオデッキを持ってきたとしても、予想どおりビデオ出力端子はついていなかった。だから。ビデオカメラで画面を直接撮影する。、、、しょぼいけどこれしかなかった。

普通にビデオカメラでテレビの画面を撮ると、帯が映りこむ。カメラのシャッタースピードは人間の目よりも全然速いために、映りこんでしまうのだ。

だが。対策があった。カメラの機能の『スローシャッター撮影』。この機能を使うと帯が映りこまないのだ。

そしてぴったり画面が入るようにカメラをセッティングし、放送開始。
今回は新作第3夜。当然、1夜も2夜も観ていないから話がわからない。これが残念。

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歩く。
自分撮りをしながら歩く。背後に気をつけながら。

しばらく歩くと札幌ドームがあった。滅多にない機会なので、中に入ってみようと試みた。だが。なにやら工事をしていて入れなかった。

遠くから歩いてきたくせに直前までその存在に気づかず、近くに行ったらまったく全貌がわからない。そんなところでした。
札幌ドームの近く。

地下鉄発見。 そこから結構すぐに地下鉄を発見した。歩きつかれたのもあるし、暑いのもあったので迷わず潜る。
映像を見返すと、結構長い地下鉄の階段を降りながらこうレポートしていた。

『大宮駅の埼京線くらい潜ります。』

やっぱりそこは

『大江戸線くらい潜ります。』 とか
『東京駅の総武線快速くらい潜ります。』だったかな。

今回の旅。実は行きたい場所はまだあった。いや。行かなくてはいけない場所、だ。

それは『水曜どうでしょう』を製作しているテレビ局『HTB』の裏にある公園だ。番組の前枠・後枠と呼ばれるいわゆるオープニング・エンディングのトークは安直にも局の裏の公園で撮影されている。

『どうでしょう』を撮りに行くのなら、その場所にも行かなきゃ。そんな程度でこの馬鹿企画は終わらない。そこで、その場所で、今回の旅の前枠・後枠を撮らなくてはいけない。

HTBの最寄駅が書かれたメモをそそくさとカバンから取り出し、、、ない。あら。忘れた。

ま、一度は調べたところだし、その駅の名前を見ればぴんとくるだろうたぶん。そう思って、適当に地下鉄を乗りまくってみた。それらしいような駅で下車。地上に出て練り歩く。駅からは近いはずだからすぐにわかるだろう。

だが。見つからなかった。気づけば隣の駅まで歩いたこともあった。

こんなときに便利なコンビニ。タウンページで調べる、、、ない。タウンページが。あーもー。聞いちゃえ。と。前澤さんにメール。就業時間中なのに。でもすぐ返ってきた。、、、今、自分がいるところからは結構遠かった。ある意味おしかった。

最寄駅に着くと、地下鉄とはいえその駅は地上にあった。東西線の浦安みたいに。そこから見えるではないか。HTB。
そこは結構住宅地っぽいところだった。とにかく、ようやく目標の建物が見えたから、早足で向かった。

HTBの駐車場を横目に、公園に向かった。さすがに迷わないだろう。
これはデジカメ撮影。

裏の公園にて。 結局、公園に着いたのは16時過ぎ。あー見慣れた風景だ。と、感動。さて。撮影しないと。おもむろにカメラをセットし、颯爽とトークをできるわきゃない。
平日とはいえ、すでに夕方。お子様連れの奥様方。まったり散歩の老夫婦。寝そべってイチャついていやがるカップル。

無理だよ。こんなところで話ができるわけがない。田中さん、あなたはすごいよ。

でもやりましたよ。かなり恥ずかしかったけど。

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9時30分。南千歳駅に到着。このままこの電車に乗っていれば31分後に札幌に着く。それじゃ、つまらない。
しかし、懐かしい。この駅に降り立つのは約7年ぶりか。長万部以来、何度か北海道には着ているけど、函館入りがほとんどだからホントに久しぶりだ。

人が少ない。というかだーれもいないので意気揚揚と自分撮り。でも。喋るのには抵抗感。

さて。予定通りヒッチハイクしてやる。

南千歳駅

ヒッチハイク。 10時。国道36号線でヒッチハイク開始。札幌まで41km。
ヒッチハイクに必須な道具。それは行き先ボード。これがドライバーにアピールする重要なアイテムである。だが。持ってこなかった。理由はかさばるから。

自分撮りには不安があったが、ヒッチハイクには不思議と不安はなかった。

自分撮りしながら、喋りながら5分経過。両腕を上げているためにいきなり疲れる。そしてビデオを止めた瞬間、1台停まった。開始5分足らずでGet!

交渉中はさすがに回せなかった。やっぱり怖いよ。
でも快く乗せてくれた。なんでもさすらいの旅人らしく、全国を車1台と相方1匹で回っているらしい。男だ。歳は同じくらいか、やや年下かという印象。とても気さくで話し掛けてくれまくり。

よく考えると見知らぬ人を乗せる人に内気な人っていないか、やっぱり。

会話しつつ約30分くらい。30kmも走ってくれた。国道36号線沿いで下ろしてもらった。けど、完全にどこかわからない。
ヒッチハイク成功。

相方。 まぁ、札幌まで13kmって出ているから歩くか。
なぜ歩こうと思ったか。なぜヒッチハイクをしようとは思わなかったのか。

それはすでに都市部に入りかけていて、車どおりが激しく、店もありまくったから。こんなところでヒッチハイクはさすがに怪しい。ただでさえ怪しいんだから。

10時30分。札幌市内に向けて歩き出す。

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2004年6月3日。田中さんは帰ってきた。そう。有給は最小に抑えた1.5日。2日目の午後から通常業務に戻った。

この録画してくる企画。ただ行くだけじゃ面白くない。我らが自らに課した『課題』があった。ホームビデオを回し、自らのたびの様子を編集しようというものだった。かなり『どうでしょう』っぽい企画だが、ノッていた。

6月7日。俺の出発日2日前。田中さんは自分で自分を撮影した『旅』のビデオを編集して持ってきた。やばい。これは、、、遊びじゃない。完成度は高かった。しっかりシナリオを考えていったらしい。すばらしいドラマ仕立てになっていた。

さらに大脇さんの第1回放送のビデオも届いた。もう、、、しくじれない。

そしてその日は訪れた。

2004年6月9日水曜日。5時起床。飛行機は7時40分発。AirDoだ。7時過ぎに羽田空港に到着。特にすることもなく、とりあえずビデオを回してみる。うわー。自分撮りするわけじゃないのに恥ずかしぃ。壁を背にしているのに、、、恥ずかしい。これ、旅をレポートできるのか。不安がよぎる。

9時。新千歳空港に降り立った。

旅に出る面々、それぞれにテーマを持っていた。田中さんがドラマ仕立てに、そしてこの俺の企画の跡に行く予定の前澤さんはウニを食う、など。俺は考えた。数年ぶりにヒッチハイクで札幌に行ってやろう。

新千歳空港からとりあえずは南千歳に向かう。地下通路。自分撮りをしながら歩く。人は少ない。だが、いる。これがことのほか恥ずかしい。

ビデオを回す習慣はない。だが、たとえば誰かがビデオを持ってきたりすると撮るのは率先してやる。映るのは極力嫌だ。でも撮るのは好きだ。そして声の出演だけなら大いにする。、、、藤村さんのようだがそういう性格なのだ。

だから。

ノリで、自分撮りをしてこよう、なんて企画しておいていざ歩き出したら、、、なんて情けないんだ。まして、こんなに人通りがまばらな新千歳空港の地下通路。札幌の地下街でなんか回すことは想像できない。でも、とにかくやらなきゃ。自分を撮りながら状況をしゃべる。

この映像を見返してみると、、、ナニ言ってんだかわかんねぇ。小声すぎ。

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問題はたくさんあった。まず、番組のファジーさで放送開始日は決まっていても何週に渡って放送するかが未定なこと。番組のHPでディレクターが『たぶん6週以上』とだけ言っていた。

第2に『水曜どうでしょう』なだけに放送が水曜日であること。有給消化が必須となる。

第3にどうやって録画するのか。ビデオデッキを担いでいくのか?

そして最後に、そんな何度もいけるほど金がない、ということ。会社で結構な人数を巻き込んだが、行けて5人。もちろん、1回に尽き1人。5回しか撮れない。そして行く気満々の俺と田中さんに対して、実際リアルに行く話になると消極的になる輩も。『1人じゃ嫌だ』と。

何とか1つずつクリアするしかない。誰か行けば続くだろう。俺は先陣を切ることを宣言した。

会社の保険組合の格安パックツアーを利用すれば札幌を20,000円以下で抑えられる。だが、俺はしでかした。初回の放送日の予約をし損なったのだ。申し込みは営業日10日前の営業日を読み飛ばしていた。そしたら、過ぎちゃってた。

だが。

なんと宮城放送で1週遅れで今回の最新作を放送するらしい。宮城、、、仙台か。調べると。格安パックが存在しない仙台は逆に高くつく。うーん。

そこで救世主・大脇さんが現れた。『知り合いが仙台にいるから、頼んでみる。ただし、そんなに親しくないから1回だけね。』

これで何とか第1回放送はクリア、か。俺は第3回放送に合わせて急いで予約をした。

そして第2回放送日、2004年6月2日水曜日。田中さんは単身旅立った。

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約2年半程前。たまたま千葉テレビでやっていた『水曜どうでしょう』という番組と知り合った。同時の企画はよくわけのわからないローカルタレントがアメリカ合衆国をドライブしながらただ馬鹿トークを繰り広げているものだった。

ところが。なぜか面白い。千葉テレビなもんだから特に誰とも情報を共有するわけでもなく、共有するつもりもなく。微妙な面白さにはまっていった。その番組が北海道のローカル局で制作されていること。その番組が再放送であることを知ったのは興味を持ってからすぐだった。恐るべきネット社会。

それから約1年後。会社のヒトにそんな番組の存在をひょんなことからすることがあった。するとどうだ。その人ももう虜だった。そしてその面白さを共有することとなった。それが田中さんだった。

それからさらに1年半後。その番組を編集したDVDが発売された。北海道内でしか店頭で買えないその品を本州にいる俺はローソンの通販で購入した。そして観た。まだ本州ではマイナーだった。

そのDVDはオリコンで2位入る。その後の第2弾、第3弾のDVDもオリコン上位に入った。口コミやネットレベルで知れ渡ったこの番組の面白さはテレビ情報誌などでも紹介されメジャーになっていった。マイナー感にも魅力を感じていた俺と田中さんはちょっと悲しくもあった。

だが。

この面白さは共有しなきゃいけない。そして俺のDVDは旅立った。2003年の年末に旅立った2枚のDVD。未だに手元には帰らない。何人に渡ったことだろうか。そして今どこのデッキに入っているのだろうか(いやわかっているけど)。番組は2002年の秋に終了していた。千葉テレビでは今でも再放送をしているが、まだ見ていない企画がたくさんある。

そんなとき、ある情報を得た。1年9ヶ月ぶりに新企画を放送する、と。

みたい。

だが。番組は道内でしかやらない。

ならば。

現地に行って直接録画してこよう。

、、、まじめな話、こうして北海道に行くことになった。30分のローカル番組を録画するために。

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行ってまいりました。北海道へ。
最後に行ってから意外と結構経っているんだと感じた。2001年の3月以来か。懐かしかったなぁ。でもそれほどゆっくりはできなかったけど。行きの飛行機から降りてから帰りの飛行機に乗るまでの時間。24時間15分。いやぁ。疲れた。恥ずかしいし。飛行機怖いし。

10日は11時には羽田に着いて、12時出社。いやー、なんで休みもらわなかったんだろう。半休するなら全休した方が絶対いいのに。今ならまだ修羅場は訪れていないことだし。

まぁ何しに行ったかは余力があればまとめるつもりです。