diary

6月19日 日曜日
仕事で出勤。始業時間になろうかとしているときに、岡山の妹から電話。姉に電話が通じないとこちらにかかってくるのだが、よっぽどの要件でもない限り、かかってくることはない。だから、、、いい予感はしなかった。

一生懸命冷静を装ってはいたが、動揺した声。
すぐに何が起きたか予想はついたが、その予想の上をいった。

とりあえず、すぐにウチにいる、妹の姉に電話した。
出なかったといっているが、おそらくトイレに入っているか、洗濯物を干している感じだろう。しばらく呼び出した後、出た。今聞いたことをすぐに告げ、とにかく冷静沈着に、そしてすぐに帰るようにと話をした。

仕事は始業。マネージャーに報告。
ばたばたと休暇中の交代要員に連絡を試みるも連絡つかず。
ヤキモキしながら仕事続行。まぁジタバタしても仕方がない。関東にもう一人の妹がいるから、なんとか安心できる。

とりあえず、ミエコとひーちゃん家にも連絡。
状況報告を逐次入れてもらうように指示したので、メールがかなりやってきた。
だが、おかげで状況が分かりやすかった。

定時ですぐに切り上げて、帰宅。
すぐに準備をして、出発、、、とはいかない。帰宅時の20時の時点で、もう行く手段がない。というかたぶん、14時くらいに出ないと、当日中にたどり着けない。途中までは行けるのだが。

6月20日 月曜日
会社を休んで移動。
8時に家を出た。ほぼ普段どおりの時間。9時10分東京発の「のぞみ21号」で岡山へ。12時20分くらいに到着。次に高速バスだが、まさかの2時間待ち。2時間待って、1時間40分乗車。最寄のバス停に迎えに来てもらって、到着は16時半過ぎ。遠い。そして、なんでこんなに荷物が重いんだ。

どんな顔して家に入ったらよいか分からなかった。
家に入ると、驚くほど賑やかで、あれだこれだと準備に大忙しだった。

日が落ちそうな頃から通夜。

こういうイベントはほぼ生まれて初めて。「ほぼ」というのはかなり幼い頃に親戚が亡くなったときに1度。遠い記憶でほとんど覚えていない。しかし、もちろん、この先だって避けることはできないこと。

6月21日 火曜日
告別式は11時からだったが、朝は8時くらいに活動開始。
9時半に会場へ移動し、若干予定を前倒しの10時50分から開始。

雨の予報だったが、晴天。しっかり送り出せたとは思う。
ゆっくり休んでください。

その後、火葬場で最後の見送りをして、再び会場で宴会。
疲れが出たか、結構頭痛。

16時過ぎくらいに会場から寺に移動。
17時くらいに帰宅、かたづけ。
18時過ぎくらいから近所へあいさつ回り。まぁ基本アウェイなんですが。

19時過ぎくらいにようやく落ち着き、メシ。
23時過ぎくらいまでアレコレ話す。

6月22日 水曜日
娘たちはまだ残るが、俺は一足先に関東へ帰る。
最寄のバス停まで送ってもらい、10時26分のバスに乗る。
11時50分到着。12時14分初の「のぞみ29号」で東京へ。

んで、17時頃に帰宅。
疲れた。足痛い(くつずれ)。遠い。

水曜日だが、、、今日はJリーグがある。。
今は、、、17時か。。19時の埼スタには間に合うな。。。
かなり疲れているんだけど、、、観たいな。。。今日はテレ玉で放送あるんだけど、ウチは映らねぇしなぁ。

10分ほど悩んで、、、移動開始。

23時頃帰宅。