diary

自らの言葉というか単語は出ないが、こちらの言うことはほぼ理解している。
「Yes」の意思表示が首縦振り+「うんっ」というのと「No」の意思表示は首横振りというのも完全な形になった。言葉にならない(単語としては成立しない)言葉も多くのバリエーションと使い所は決まっている。つまり、坊の中では完全な言語ができている。その中でも「まーまーまーまーっ!」と言うのは、人を呼ぶ時に使うことが最近わかってきた。

我が家では「パパママ」という呼び方の方針は取っておらず、「父ちゃん母ちゃん」で一貫している。理由は個人的に、なんとなく、それとなしに「パパママ」は恥ずかしいという理由からである。個人的な方針ではあるが、妻ちゃんもバアチャンも「パパママ」は発言しない。バアチャンのことは「ぐらんま」で行こうと提案したことはあるが、却下されている。

「まーまーまーまー」は、ただ単に人を呼ぶだけに出る言葉だと思っていた。俺を呼ぶときも同じ「まーまーまーまー」だから。なぜそうなったかは考えもしなかったのだが、、、妻ちゃんがよく利用する地域の支援センターではよく聞かれるらしい。「ママー」と呼ぶ幼児が多いというかほとんどだから、と。

すると、それを覚えた坊は「人を呼ぶ」のは「まーまーまーまー」と認識したかもしれない、と。

妙に納得。

すごい勢いで、色々なものを見て覚えているので、日々変化が絶えない。
35年もするとほどんと変化しないのにね。